写真を撮る時って、なんだか恥ずかしくありませんか。
みんな移動している中で一人だけ静止してるヤツがいる…
自分のそばを通りすぎていく歩行者や、車の視線の“網”が
体に覆いかぶさってきて、動きを封じてくる…。
見てる人をけん制するつもりでそっちを睨みたいが、
顔バレするだけだし、怖くてその勇気もない。
(モウ、被写体シカ見ナイヨ…視界は狭い)
かといって逆の立場、写真を撮ってる人を発見しても、
(変な人がいるな…)とはわたしは思わない。
一番危険なのは、緊張することで
楽しい写真撮りに集中できないことだ。
結果、いい写真も収められない。
この写真は、駐車場にて。
風呂あがりに涼もうと、散歩に出かけたときのこと。
何か落ちているのには気づいたが、木の芽か何かだろうと、
いったん通り過ぎた。
しかし木の芽が落ちているとしても、
おもしろそうな形だったなという印象が忘れられず、
引き返した。
……
撮るだけ撮って、この人形だけ置いて帰ることへの罪悪感で、
コイツを引き取り、今とりあえず玄関においてある。
目(黒目)がないし、どういうわけかか
緑色に被膜された針金が口から飛び出している。
あまり愛着がわいていない…
2010年4月23日
のびのび写真を撮りたい
2010年4月17日
写真撮りについて
藤の花が咲いていました。
ブログを始めて良かったと思っていることの一つに、
写真撮りがある。
数年前にせっかく買ったデジカメが、活躍しだした。
ドシロトなりに発見していることを記したい。
…個人的にです。写真全般について言いたいのではありません。
むしろ写真作品の見方についてはあまりよくわからないッ…
ただこれを読んでくれるどなたかは賛成してくれると思ったので。
・光を感じられるかどうか
=物の存在がよくわかるということでもある。
・人の目とカメラの目はかなり違うので、
現場でブツを見て感じた感動や伝えたい事に
近いものを表現できているか
またその要素が一部でも入っているか
・自分がいいと思えば対象は何でもいい。自由なんだ。
そのために、すこしは探す意識を持とう
写真は、記録としてだけでなく、
写真作品と意識して撮るってこともあるな、
その方が後から見ても楽しめる。
などと考えながら、
あまり撮ること自体にとらわれて、
しんどくならない程度に、撮っていこうと思う。
写真がマジ好きってわけじゃないが、
"しゃしん"って響きも好きなんだ。
しゃしんを摂る
ぱしゃっ
むしゃっ
しゃしんを盗る
シャッ
シヤッ(笑)
それに関連して…
集合写真ってサ…
一枚の四角に収まるために3次元世界の中でギュウギュウ詰めになって
みんな1方向を見てサ
なんとなくマヌケな写真の形態だなって思う。
コッケイで面白がってるんだけ。
批判じゃないヨ。
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